在日米海軍基地の幹部の方々と話すときには、特に注意深く内容を聞くようにしていました。3トンスチームハンマーの時もそうであったが、SRF(艦船修理廠)司令官と市主催の国際行事の式典後の懇談会の席上で、「本国の了解を得たので、SRFで使用している3トンスチームハンマーが老朽化が甚だしいので、スクラップにするつもりだがいかがだろうか。」と声をかけられた。
そこで「直ちに廃棄しないで欲しい、貴重な遺産かも知れないから」と回答したものがヴェルニー記念館に保存されたが、その後横須賀基地司令官から「世界に配置されている米海軍基地の中で横須賀基地が優良基地4施設のなかに選定され、米国の本国予算によって記念碑が建立されることとなったので、基地司令部裏手の丘に古びた建物があるので、これを解体しその場所に設置を考えている」との話が出されたので、司令官に「優良基地として表彰されることは、とても素晴らしことで司令官の努力によるものでしょう。そして、記念碑の設置を予定している場所に古い建物があるとのことですが、旧日本海軍が建設したものか、それ以前のものか歴史的にも確認したいと思いますので、教育委員会と連絡をしていただけないでしょうか、私の方からも話しておきますのでよろしくお願いいたします。」と依頼した。
基地司令部からは直ちに教育委員会に連絡があり、調査した結果該当する建物は明治初期に横須賀製鉄所副首長ティボディエの官舎として建設されたもので、木骨煉瓦造の洋式建築物で日本における西洋式建築物としても初期のもので、大変貴重なものであることが判明した。そこで、詳細な調査が実施されることとなった。
この調査には長い期間を要したため、米海軍基地では優良基地としての記念碑の建設が年度内に着手することができず、予算の繰越制度がないことから記念碑の建立が不可能となり、横須賀基地司令官の在任中の大きな評価を残すことが不可能となり、大変申し訳なく思った。しかし、横須賀市にとって歴史遺産保存に大きな歴史の一ページを加えられたものである。現在解体された部材は総合高校に保存されている。
(元横須賀市助役 井上吉隆)